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コアヌードル誕生秘話


コアヌードルの誕生


コアヌードル誕生 ピラティス コアヌードル          第4腰椎の分離すべり症

始まり
コアヌードルの誕生は、腰椎分離すべり症に悩まされた開発者の実体験からはじまる。元全日本バレーボール選手で、ユニチカのキャプテンを務めた稲葉晃子 (旧姓: 松下)。選手の頃からひどい腰痛に悩まされ、現役を引退して暫くすると日増しに症状が悪化した。夜は腰の痛みで眠れない日が続いた。選手の頃は、月に何度も日本で屈指の治療家の先生に診て頂いたものだが、現役を引退するとそのような優遇などあるはずもない。ましてや当時は米国で暮らしていたので、自分でなんとかするしかない。当時、大学でアスレティックトレーナーとして勤務していた恩恵を使い、いつもは選手に施している治療やトレーニングを、思いつく限り自分に試してみた。それでも効果を出すことはできず、チームドクターに診察をお願いしたところ、レントゲンが示す通り、第4腰椎の大きなずれが腰痛を引き起こしているとのことで、背骨をボルト固定する手術が必要と宣告を受ける。



腰痛の痛みから、この先ずっと開放されたい
「背骨にボルトなど入れたくない」、 「手術は一時的な対処法にすぎない」。強い思いと、これまで見てきた多くの選手、腰痛患者たちの術後の経緯を見ての結論である。一時的にではなく、この先ずっと恒久的に腰痛から開放されたいと強く感じ、当時住んでいたロサンゼルスから通える地域を中心に様々な講習会に参加した。専門的な講習会やセミナーの情報を絶えずチェックし、これはと思うものには参加し試したものの、自分の腰痛には効果的なものは見つけられなかった。



ピラティスとの出会い
各国の腰痛に関する研究を調べるうちに、オーストラリアの Hodges & Richardson の腰痛改善プログラムに出会う (トレーニングジャーナル連載2 参照)。腹横筋を収縮させて腹圧を高めることが腰痛に効果的という研究結果は、今でこそ広く普及しているものの、2000年頃ではアメリカでもまだ斬新な腰痛緩和のリハビリ法であり、論文を読んだときは強い衝撃を受け、これこそが自分の腰痛を解決してくれると確信したことを今でもはっきりと覚えている。

しかしHodges と Richardson の方法を学ぶにつれ、理論的には感銘を受けるものの、実践面では次第に物足りなさも感じ始めていた。そのようなとき、ある腰痛リハビリの講座の資料に Pilates という言葉を見つけた。これがピラティスとの出会いである。ピラティスという言葉はそれまで聞いたことが無く、同僚のトレーナーとともに探ったところ、幸運にも勤務先の大学にはダンスの専門のクラスが多数開設されており、ピラティスがダンスのコンディショニングのクラスとして存在していた。



ピラティスの成果と引越しによる別れ
大学生に交じってピラティスの受講を始めた。レッスンを始めて半年頃のある朝、腰痛が感じなく、一晩じゅう痛みに邪魔されること無くぐっすり眠れていたことに気付く。レッスンを進めるうちに、知らず知らずに痛みの起こりにくい身体がつくられ腰痛から開放されていた。ところが1年半も通ったピラティスのクラスを引越しにより受講できなくなる。ピラティスの先生は、十分基礎は学んでいるはずだから自宅で自主トレーニングを続ければよいと言ってくれた。自宅でビデオを見ながらピラティスを続けるも、再び腰痛が再発してしまう。腰痛にとても重要なお腹の収縮を感じることができなくなっていたのである。




自宅で独りで腹横筋 (筋コルセット) の収縮をカンタンにうまく作り出すことができないか?
フォームローラーなど多くの運動ツールを試すも改善されず
コアヌードルのもととなる素材を見つけ、様々な太さを試すうちに筏状の使い方を考案
理想の形と性質「弾力性」「耐久性」「復元性」を求め、日本の工場で製品化が決定
2004年より製造開始



その後の動向
2012年冬に開発者の稲葉晃子が日本に帰国したことを期に、それまで他社に委託していた販売を取り止め、ロマージュ株式会社を設立し自社販売に変更。2014年秋よりコアヌードルの改良版としてカバータイプの取扱を開始する。2013年には経済産業省 「平成25年度地域ヘルスケア構築推進事業」 に、コアヌードルの簡易版派生製品 「コアヌードル・ミニ」が採択される。同じく2013年12月には吉備国際大学の保健医療福祉学部理学療法学科 中嶋正明研究室のコアヌードルの研究論文が国際的な理学療法専門誌に掲載され、その効果が海外メディアにも発表されている。







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